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2010.04.26 生駒から
seiryu
大阪人には生駒山は誰もが知ってる山で、神戸の六甲山と共に夜景が綺麗なスポットでもあります。
六甲山の方が展望台が整っていたり、道路が無料だったりで生駒よりも訪れる人は多いかもしれませんが、景色としては決して遜色のない絶景を見せてくれます。

仕事の際によく生駒山を越えて奈良から大阪へ行きますが、阪奈道路から見える一瞬の大阪平野の光景は綺麗なものです。特に夕方陽が落ちたことの黄昏時は私のお気に入りでございます。

写真は石切から撮影した物ですが、この位置ではかなり下まで下りてきていますので昼間ではこんなぐらいの風景しにしか見えませんが、これも夜になると結構綺麗な夜景スポットになるんですよ。

今週は後半からGWですが、今年も遠出はいましません。
子供を連れて近くの川で魚釣りと奈良の大仏見学に連れていく程度です。実は家の子供は奈良に生まれ住んでいるにもかかわらず、大仏を見たことがありません。学校も連れて行かないもんなんですね。
100en
先日、実家の机を掃除していたら懐かしい100円札が10枚ほど出てきました。

僕が子供の頃は当たり前に使っていた100円札ですが、今では流通しなくなり、使おうと思っても自販機では使えず、お店でもきっと断られるでしょうね。
今でこそ、子供が駄菓子屋に行く時でも、200円や300円ぐらいは持っていく時代ですが、僕の子供の時はせいぜい50円ほどで、1個5円とか10円の駄菓子を買って喜んでいた時代です。100円硬貨はない時代で、100円札は子供心に「大金」でしたからね。

そういえば、当時は当てもんのお菓子が多かったですね。
ひもを引っ張ったらその先に商品がついてて、それが大小いろいろあって子供心にドキドキしたものです。
また、くじを引いて書いてある番号の商品がもらえると言うのもありました。

今は駄菓子屋はほとんどなくなり、古い下町の一角にごく稀にあるぐらいです。
そういえば、昔は銭湯がたくさんあって、その銭湯の入り口前には必ずと言って良いほど駄菓子屋があり、店頭で冬は関東炊き、夏はアイスクリームとかき氷があったのを思い出します。

出てきた100円札を眺めながら、そういえばこんな時代だったなとか、100円で何が買えたかなと妙に懐かしさがこみ上げてくるのでした。
2009.12.06 湯たんぽ
yutanpo
私、住まいは奈良県ですが、朝晩の冷え込みは大阪に比べ5度ほど低くなるので、夜中はかなり寒くなります。
例年、ストーブを点けて暖を取っていましたが、夜な夜な点けていても灯油やガス代がもったいないので、昨年から湯たんぽを使用するようにしています。
世間的にも、昨年から湯たんぽの売上が急上昇(=昨年は今頃石油価格高騰で灯油もかなり高かったですね・・・)していましたが、やたらホームセンターにプラスティック製の湯たんぽが売り出されていたのでついでに買ってみたものです。
リビングの石油ストーブの上で、チンチン沸いている熱湯を湯たんぽに注ぎ込んで、手拭いに包んで足元を温めるのです。結構、最初は熱いですが、冷え込む日はなかなか重宝します。

子供の頃の湯たんぽはブリキ製のものでしたが、今はプラスティックの物が安く売り出されています。
ただし、くれぐれも低温火傷には気をつけないと、いくらそんなに温度が高くないからと言って、一カ所に集中的に当ててると皮膚が赤く爛れます。
2009.06.30 ザリガニ釣り
20090630232452
先日の日曜日に、子供を連れてザリガニ釣りに行きました。
僕が子供の頃は近くの池やドブ川でよく釣りましたが、最近はどの池も柵があって立ち寄れなかったり、コンクリートで造られた溝であったりで、なかなかザリガニがいる場所が見つかりません。
たまたま今回はザリガニを釣ったとブログを書いている人がいたので、そこならばと思い出掛けてきました。
コンビニでスルメを買い、たこ糸を準備して出発です。
現地は大きな公園の中の人工の小川で、子供も安全に釣りができます。
ただザリガニが釣れるのが知れ渡っているせいか、岩の隙間を狙ってエサを落としても、ほとんど反応なしでした。
幸い、1箇所だけはザリガニがまだ住み着いていたようで、エサを落とすと直ぐにザリガニが近寄ってきました。
エサにしがみついた時、そおっと糸を引き揚げ網で掬うと無事ゲットできました。
バケツに入れてみると家の子は恐る恐る覗き込みます。
再度同じポイントにエサを落とすと、また一匹ゲットです。
2匹ともアメリカザリガニのメスで、覗き込むと爪を振り上げ威嚇します。
ちょうど学校の課題で日記を書かないとだめだったらしく、ちょうど良いネタになったようです。
昨日は脳死の認定の問題について、衆議院で国会決議がありましたが、この問題はどんな政治問題よりも難しい事案です。
臓器移植を待つ側と脳死状態で懸命に看護している側とでは、捉え方が全く違ってくるからです。

政治問題は、妥協点を見つけて万人が納得するような決議で良いでしょうが、脳死の問題は生命にかかわる問題ですから、簡単に政治家の投票で決議して良いものなのか、甚だ疑問です。

脳死をどう捉えるかを法的に決めることはある意味仕方がないことですが、一方、死の認定を法で取り決めていると言うのもこれまたおかしな話です。

15歳未満の子供の臓器提供が可能になるとしても、親の同意がないとできないのは当然ながら、当の本人の同意は意思表示できないから蚊帳の外に置かれているのも、僕は何だか悲しいものだとつくづく感じます。

もっと生きていたいと思う患者さんがほとんどのはずですから、いくら親の同意といっても納得しかねるのです。1個人の生命は親がなんと言おうが国が守ってあげるという基本姿勢がほしいところです。

西洋の考え方では、臓器提供したら、そこで魂は生きていくという考えがあって、本人は亡くなってもその生命は提供先の人の元で生きながらえていると考えるらしいです。それぐらい確固たる信念で臓器提供できるなら、それは素晴らしいことで、少しでも心の慰みになるんだなと思っています。

脳死や臓器提供の問題は、全ての国民に関わることであるので、これこそ国民の総意を問う手続きで決めてほしいなと思うんですけどね。

親は子供が息する限りあきらめませんが、中には踏ん切りを付ける方もいるでしょう。
看病や子供の将来を考えて、ある時点ではっきり決断しなければいけない時がくるはずです。
どれだけ親の言葉に反応がなく、目を閉じて寝たままでも、やはり子供は子供で可愛いものです。自らの命を削ってでも子供が良くなることを願うものです。

僕は今回の決議に反対はしません。手を叩いて賛成もしません。
親と子だけしかこの問題は消化できないので、第三者がどうのこうの言う問題ではないと思っています。
ただ、僕は脳死は死ではないと考えるので、法的に死と捉えられるのは親として悲しいなと思います。でも、逆に臓器提供を待つ身の親だったなら、また違った感覚を持つかもしれません。
どうしても入れ以上子供を行きながらせるのは忍びないと思った時、脳死を認めることはあると思います。1人の人間によって1人の生命が助かるなら、それは親として苦しみを堪えて認めざるを得ない決断だと思っています。







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